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2012年8月17日金曜日

仲間のありがたさ

今から2年以上前に設立された社内横断プロジェクト。
そのプロジェクトの一つのリーダーに任命され、自分の権限で社内メンバを集めスタートした、「新規ビジネス」を立ち上げるといった高度な目的のプロジェクト。

試行錯誤を重ねつつも、常に外(社外)に目を向け、内向的な社内の雰囲気に負けじと様々な事を試していった。

しかし・・・そのプロジェクトを解散しなければならない状況に・・・

2年半以上に渡って行なっていたコトが、全くの白紙に。

そのコトに対して、全く納得はしていないが従わないといけないのが社会のルール。
でも、納得していないが故に気持ちのぶつけどころがなく。。。
一緒にやっていたメンバーにも申し訳ない気持ちで一杯。
自分がやってきたことのすべてが否定された感で一杯。

そんな悶々としていた時に、メンバーの一人から突如飲みの誘いが。
珍しいなぁ〜と思いつつ、OKをした。てっきりそのメンバーとのサシで飲むもんだとばかり思っていたら・・・

お店に入ると、プロジェクトのメンバー達が待っていてくれた。
サプライズである。

自分なんかの為に、時間を割いて集まってくれたのだった。

メンバー達もプロジェクトが解散した理由には納得などはしていない。
でも、この日はそういった恨み言などひとつも出ず、前向いた話ばっかり。
絶対、また集まろう!!!
の言葉で締めくくられた、素晴らしい一夜となった。

心に灯っていた火に水が掛かった状態で、消えかけそう(消えていた)になっていたのだけれども、再び火が灯った!
一人じゃないんだな。
本当はもう一人いるのだけど、お母さんでお子さんが小さく。。。
でも気持ちは頂いたよ〜


2012年3月13日火曜日

幻の15周年記念・・・


自分が起業した会社に在籍したことのあるメンバーが、久々に集合した。
自分がその会社を離れて約6年。
その会社が存続さえしていれば、15周年だった。
その15周年の設立記念日に「集まろうか?」といって声をかけて。
もちろん、全メンバーではないけれども総勢21名が集まった。

設立当時のオリジナルメンバー、様々な世代、様々な役職のメンバー達が大集合。
久々の人達、初顔合わせの人達さえも数名・・・
その会社に在籍していた事のある人達なので、すぐに溶け込むことが出来た。

自分のせいで・・・
色々と迷惑を掛けたメンバーも一杯いた。いや、迷惑を掛けたコトに関しては、直接的・間接的に全員だろう。
そんな気持ちを6年間抱き続け、いつか集まった時に謝りたい。謝ったって許されるもんじゃないけれど謝りたい。
そんな気持ちで挑んだ幻の15周年記念呑み会。

みんなが言ってくれた。残念ながら来られなかった人も言ってくれた。
「この会社で経験したコト、在籍したコトが今に役立っている」・・・と。

起業したての時から、全開で突っ走った。
会社の経営?
アウトソーシング?
委託?
給与計算?
請求書?
契約書?
固定資産?
雇用?
評価?

何もかもが初めてだった。
一介のサラリーマンで営業マンだった人間が突如会社を・・・。

自分で挑んだ道ではあったが、様々振りかかる難題。
創業期からいるメンバーも途中から参加してきたメンバーも、アウトソーシングという未知のサービスに対し知識・経験不足の為、営業にさえ一人で行けず・・・。

でも勢い(だけ)で、ドンドン進んだ。
創業期に内部にマネジメントパワーは使いたくない、そんなパワーがあるのなら外部に使う!と宣言していたが、今から考えるととんでもない方針。

本当に朝から朝までガンガンやっていた。7-11なんて生ぬるい。
メンバーにもめっちゃくちゃ要求していた。
「実現するためにどうする?」
「この会社の参画者として・・・」
をキーワードにして、社員以上のコトを求めたりしていた。

企業規模が大きくなっても、その勢いだけは変えずにガンガンやった。
「セブンイレブンとイトーヨーカドーの関係になるんだ」(子会社が親会社を超えるんだ!)

こんな勢いの会社だったから、退職者も多く出た。ホントに入っては抜け、入っては抜け。
でも「去る者は追わず」の精神で気にせずがんがんやった。

そんなお陰で売上、利益の伸びは順調で、優秀な社員も育ってきていた。
親会社の影響を受けずに自社独自の活動で会社は成長していた。

こういった成長の中、オフショア的な役割として札幌に戦略的なオフィスを開設したり、ISMSの取得、工程管理/原価管理のwebシステムの開発、運用を手がけたり、中国の入力センターを買収し、その入力センターをマネジメントするため、信頼のおけるメンバー(なんと女性!)を中国に2名赴任させ、日本企業2社、中国企業(入力センター)1社の総合経営管理を始めた矢先に・・・

この会社を離れなくてはいけなくなってしまった。2006年1月だった。

それから6年。札幌オフィスは閉鎖、webシステムは中途半端なシステムとして稼働、運用を中止、本部や現場で働くメンバーの評価も全く変えられ、中国の入力センターもこの会社からは切り離され、自分とは全く違う経営方針を持った経営者の下で主力メンバーの相次ぐ離脱、離脱しても補充をしない。
そして・・・この会社自体がとうとう解散に。

こんな未熟な経営ではあったにも関わらず、支えてくれていたメンバー達。
そのメンバー達が久々に集まれば・・・
楽しくない訳がない!
宴は深夜まで続いた・・・。

またこんなメンバーと集まってシゴトが出来ればええのにな~。
そんな妄想が・・・

自分の中では何かが弾けた1日となった。

Source: flickr.com via Octav on Pinterest

2012年2月8日水曜日

自分のビジネスの原点


人材派遣のビジネスへの疑問。会社の理念にある「雇用の創造」、会社設立時の考え方に惹かれて入った会社であり、業界だったのだが・・。

実力もある、お客様からも絶大なる信頼のあるスタッフさんの長期派遣期間が終わる頃、そのスタッフさんを次の派遣先でも活躍してもらいたいと思い紹介したら・・・
「ダメだよ~。この人。30代、しかも後半じゃん。ウチの社員は皆若いから20代じゃないと~」
えっ?年齢?えっ?スキルとか実績は関係ないの?何言っているの?この担当者は?
「御社の業務内容や仕事の重要性を考えて人選しました!」
「えっ?お客のリクエストに応えられないの?んじゃいいよ。お宅ではない派遣会社へ依頼するから!」

前々から感じていた事だった。年齢だけでダメ出しする企業。派遣会社は他にも山ほどあるから競争も激化し、お客の言いなり。
面接がダメなのは法律で決まっているにも関わらず、平気で面接を要求してくる企業。
履歴書提出がダメなのは法律で決まっているにも関わらず、平気で履歴書(経歴書)を要求してくる企業。
ダメと言ったら、本部にクレームが。逆に本部からは「他社に負けないように!」とお客の要望通りの派遣スタッフを提供する事が正しいと。売り上げが上がるから。「他社に負けないように!」と派遣スタッフ1名の依頼に対し、複数名の候補スタッフを人選し、お客に選んでもらえ!と。

人材派遣ビジネスって何なのだ?必要な時に必要な労力を提供するんじゃなかったのか?派遣スタッフという方々の事を何故使い捨てみたいに扱えるのか?

そんなモヤモヤで悩んでいる時に・・・

「アウトソーシング」というビジネスの新会社立ち上げに協力してもらえないか?というお誘いが・・・。

「アウトソーシング」(業務の受託)ならば、人の契約ではなく業務の契約。
1件●●円、納期●●まで。という約束を守れば・・
1名でその処理をやろうが、100名でやろうが・・・
100歳のおじいちゃん、おばあちゃんが処理しようが、20歳の人が処理しようが・・・
日本人であろうが、外国人であろうが・・・
1時間でやろうが、10時間でやろうが・・・

関係ない!!!

雇用の責任は自分達にある。その責任範囲の中で「働きたい」と思える人に対して仕事に従事してもらえる。

今まで悩み続け、ようやくマネジメントってものが分かってきた。
このまま続ければ成功する自信がある・・・・。

でも・・。成功が見えている未来に向かっていく事が自分にとっての成長なのか?
しかも人材派遣ビジネスに疑問を感じているのに、まだそこに居続けるのか?

「やらせて下さい!」

この決断が、今の自分にとって大きな転機だったんだなと思う。

新会社立ち上げ~色々、色々~現在。

信念を持ち、挑戦し続けようと常に思っている。

・BtoBビジネス
・Bestパートナーであり続ける事
・働きたいと思う人すべての人に対し、チャンスを与える事が出来る事


チャンスは逃さない!